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[2002.12.10]
 日本経団連が政治資金の斡旋を再開するらしい。
 外形課税の導入や、規制や許認可の廃止の動き、さらに、直接金融市場が実際に機能し始めたら、大企業でいられなくなるという危機感が、圧力をかける必要を認識させたのであろう。
 大企業が大企業でありつづけるには、官辺との連絡が必要であったが、天下りが規制され、業界団体の不始末が表面化している。際限なく金を欲しがる生き物である代議士と手を切り、官辺との癒着を深めたが、その癒着が白日の下にさらされてきており、まともな市場経済へと向かい始めていることから、慌てて、代議士を抱きこむことにしたのであろう。
 しかし、その大企業が、従業員をリストラと称して切り捨て、下請けを散々いじめた上に、海外に生産現場を移動させてきたのである。今更のように代議士に金をばら撒いたところで、民意は動かせない。リストラの恐怖におびえながら会社にしがみつき、上司の意に添うように神経を使うよりも、起業の自由がある社会の方が、マシなのだ。
 道路民営化委員会の議長を、多数決が嫌だからと放り出した名誉会長や、株式を買い支えてくれている年金の財政が危ないからと、運転免許やパスポートの取得・更新に、ネズミ講である国民年金の納付証明を義務付けるべきだと主張する程度のメンタリティしかない連中が大企業のトップである限り、大企業の没落は止まらない。擬制資本総額が多国籍企業並に巨大になっても、社内エリートのなれの果てでは、会社の後ろ盾が無ければ、国際的な発言力はもとより、国内ですら、通用しない。多国籍企業のトップはEUやステイツの政治職をこなせるのに、日本企業のトップは、小さな委員会の議長ですら、まともな議論になったらまとめられない。もっとも、小選挙区で選ばれただけの地域の利権代表にすぎないのに、国民の代表を自称する夜郎自大とは、ちょうどつりあうのかもしれない。
 代議士と献金者との間での取り引きの内容が完全に公表される限りにおいては、献金は認めるべきである。議題にする為の値段がはっきりするならば、それは、市場経済の問題である。票まで売ったら汚職になるが、議題にするだけであれば、汚職にはならない。議事提案者は票決を欠席することを義務付けるだけで、クリーンに、政治を、献金を集める道具にできる。
 どうせ献金するなら、代議士の政治活動報告webをミラーリングして権利金を支払う方法は、いかがであろうか?株主の投票によってミラーリングする代議士を選ぶのであれば、効果の無かった資金提供や接待費・使途秘匿金の内容を、株主代表訴訟で追求される恐れはなくなる。


[2002.12.9]
 世界が日本と北朝鮮だけならば、北朝鮮を軍事的に占領し、日本の統治領とするべきである。しかし、あいにく、世界は日本と北朝鮮だけではない。
 専門家は、問題解決の為に、世界中に日本と北朝鮮だけしか存在していないとモデル化し、日本は戦争を放棄しているという、このモデルの中では無意味な前提を適用して、問題解決の答を捻り出してきた。世界が日本と北朝鮮だけならば、戦争を放棄する必然性は無いのに、戦争放棄は絶対的条件であるとし、その上で、他国の存在や干渉は考慮に入れずに、北朝鮮の体制の変革は日本が援助を続けることでしか達成できないという結論を出してきたのだ。このような近視眼的な専門家の目では、絶対に問題は解決しない。問題を細かく分割して、一つ一つを処理していくというのは、難問を解決する為の手法の一つであるが、多体問題では、問題の分割によって事象の相関関係が破壊され、問題の解決につながらない努力を行うことになってしまう。国際政治問題は、紛れも無い多体問題であり、セクショナリズムを前提とした専門バカには、解決不能である。
 1990年代から、北朝鮮は数年で自壊するという予測が数多く行われてきたが実際には崩壊していない。これは、専門家の間違った分析によって誤った方針が立てられ、それに基いて援助がなされてきた為である。日本が援助しなければ北朝鮮人民は生きていけず、援助をしている日本の言うことに従う筈であるという専門家の分析は、間違いだったのである。
 北朝鮮に対して直接の関係をもっているのは、地続きで国境を接しているロシア、中国、韓国の三カ国であり、これらの直接関係国の頭越しに物資を提供しても、くれるから貰うというだけである。日本は、北朝鮮に対して援助を出す必要は無い。向こうから求めてきても、直接関係国の面子を傷つけてまで援助する必要は無い。直接関係国に対するODAにしても、面子を傷つけられている補償としか受け取られない。そんな金は、一銭足りといえども出す必要は無い。間違った援助やODAを有効だと喧伝してきた一部マスコミや、援助やODAにまとわりついて利益を貪った政治家や商社の類は、反省するべきであろう。
 ロシアだけでも中国だけでも、世界の敵にするには物足りないが、ロシアと中国に韓国と北朝鮮を加えた四カ国であれば、世界の敵とするのに、不足は無い。四カ国の内部で潰しあいをするなら、それはそれで面白いし、まとまるのであれば、反自由主義陣営として世界の敵にしてしまえばよい。地雷によって歩兵戦術が否定された現代の軍事思想では、揚陸戦略拠点としての韓国の価値は消滅しているし、反米の動きも出てきているから、敵性国家に分類しても、差し障りは無い。
 冷徹な国際感覚を失うなら、外交は失敗する。同様に、専門バカの間違った分析を鵜呑みにしても、失敗する。状況分析を誤ったマスコミが騒いでも、失敗する。ODAをばら撒くことしかできない外交官を使っても、失敗する。最終的な責任を背負うのは、有識者でもマスコミでも議員でも官僚でもなく、国民自身である。自分達の意見と違う世論を、感情的や衆愚であると批判するのは言論の自由の範疇であるが、天に向かって唾を吐く行為でしかない。


[2002.12.8]
 土地私有制度の問題。
 かつて、土地の所有は、武力の行使と対になった権利であった。
 自己の土地であるからこそ、武力を行使する義務を果たすのであり、軍事貢献が出来ない者は、土地を借りて働くのが普通であった。
 土地の所有者は、平安朝時代には、自分の所有地の権利を維持するために武装した。武士階級を形成し、やがて、より大きな安全保障単位に所属して、その単位の為に軍役を果たすという形へと変化していった。徳川300年の安寧によって、土地の所有権と対になっている軍役義務は、象徴的な行為に変化し、戦後の農地改革によって、軍役義務は、完全に消滅した。
 現代では、誰もが土地を所有でき、その権利は納税の義務だけによって安堵されている。
 さて、この状況は、正しい状況なのであろうか?
 文明的な状況ではあるが、土地の所有に対する義務のバランスが、狂いやすい状態とも言える。軍役義務が象徴的な行為になった時代において、軍役義務を背負う地主と、土地を借りて働く、軍役義務を負わない小作人との身分を固定させるのに、封建制度を必要とした。現代の、誰もが土地を所有できる時代においては、身分に関する封建制度は存在しないが、納税義務負担の軽減によって、土地所有に関する封建制度が発生しつつある。
 土地所有の権利の代償が金銭負担だけであるならば、小作や賃借人にその負担を上乗せするだけでよいことになり、土地の所有階層は固定されてしまう。この固定を解き放ったのが、戦後の農地改革であるが、もし、持つ者と持たざる者との身分が再び固定されるのであれば、農地改革を定期的に実行しなければ、封建制度の解放につながらないことになる。
 土地私有制度は、決して、資本主義の前提条件ではない。しかし、私有制度による自由な売買以外に、土地の配分を合理的に行う手段が無いのも、事実である。そして、損をする為に土地を売却する人がいない以上、地価は常に上昇し続けなければ、流通は発生しない。人口の減少によって土地需要が減り、地価の上昇が期待できなくなってくると、相続による強制売却以外に、流通が起きなくなる。この状態で土地の流通を促進するには、相続税・贈与税の懲罰的運用が必要なのである。
 土地の売買に関する税金や保有に関する税金を減額しても、流動性は高まらない。相続の発生しない法人の土地所有を制限し、所有者の死亡によって異なる所有者へと移転する状況を維持しなければ、土地私有制度は、封建制度を再現させてしまうだけになる。象徴としての軍役義務すら無い封建制度は、それを維持するのに、言論・情報の統制や、党や個人への絶対的忠誠といった共産主義・社会主義的な仕組みを必要とする。


[2002.12.7]
 ホワイトハウスの経済政策チームが入れ替わるようである。
 強いドル・強い円・強いユーロ政策に対して、多少の変化があるかもしれない。グローバリゼーションの成果を、中東に二つ目の親米国家を作ることだけにとどめ、世界の秩序をグローバリゼーション以前に引き戻し、二つの陣営のうちの片方の盟主という立場を選ぶというのは、十分な選択肢である。一国主義という批判の声も大きいようであるし。
 中国の経済発展の結果、原油の消費量が増えてオイルメジャーの支配下に入り民主化を進める筈だったのに、ロシアとの経済的な結びつきを選んだことや、北朝鮮の存在が、中国とロシアの間の軍事協力体制を強めてしまったこと等から、再び、東西冷戦構造を復活させられる可能性が出て来ているのも、重要な要素である。
 日本としては、反日教育を続けている国や、領土問題で対立を抱えている国とは、究極的には、手を結べない。アジアの平和と発展という国是を遵守するにも、誠意の無い国家に対しては限度がある。
 旧東側陣営の国々は、旧西側陣営の手を借りて経済成長という変化を続けたいならば、それらの問題についても、自らの努力によって変化させなければならない。都合の悪い変化は先送りにして、都合の良い経済的発展だけを得ようというのは、通用しない。
 ステイツの経済政策チームの入れ替えは、旧東側陣営の国々が抱えている問題がどのように処理されるのかを観察する時間の余裕が、減少したということである。
 国境や民族による対立の無い世界は、人類には、まだ無理なのかもしれない。ならば、兵器の製造情報や技術の自由な流通によって取り返しのつかない破局を発生させてしまう前に、グローバリゼーションの動きを止め、人々の理性のレベルが追いついてくるまで、待った方がよい。


[2002.12.6]
 合併差益。
 発行済み株式数と株価をかけて算出した時価総額を、擬制資本という。この擬制資本が、その企業が持っている純資産総額よりも低い時に、その企業の株式を買い取って吸収合併すると、合併差益がでることになる。
 本来の価値よりも安く企業を買い取れたことになり、差益が得られたという考え方である。
 しかし、この資産の総額というのが、はっきり言ってあてにならない。バブルの絶頂期に益出しの売り戻しをやって、今の市場価格からみたらとんでもなく高い評価がついている資産ばかりであり、その簿価の合計が、純資産総額となっているのである。
 この資産を、現在の市場価格の水準で評価しなおすと、莫大な損失が出る。この損失が、不良債権の正体である。
 株価を、不当に低く評価されていると不満を述べる経営者は多いが、そんなに不当に低くなっているのであれば、自分で株を買い占めれば良いのだが、それをやらないというあたりに、本音があらわれているのだ。
 さて、不当に低く評価されているという株式を買い取って、企業を合併して合併差益を得ようという動きは、存続会社の株主にとって利益になるか否かであるが、不当に低く評価されている株式ならば、その会社に勤めている人間が買い占める筈であり、それがなされていないということは、市場の評価は正しいということである。つまり、帳簿上の資産は、とっくに毀損していて、信頼できない数値になっているということである。
 合併差益は帳簿上の利益であり、それを、給与や配当に使える現金にするには、市場で売却しなければならないが、時価よりも割高な資産は大幅に減額しなければ市場で売れない。割高な資産を大量に抱え込み、その資産に見合う配当を達成するのは事実上不可能であり、存続会社の株主にとっては大損となるであろう。
 これを利益にするには、通貨安によるインフレが発生しなければならない。
 国際協調による大規模な貨幣のディスカウントをやるという情報は、まだ流れてきていない。もしやるならば、ユーロ・ドル・円が後進貧困国の通貨に対して連携して弱くなるというやり方であろう。ハードカレンシーマーケットに通貨を上場させるのが一人前の貿易国家であり、これはグローバリゼーションの恩恵であるという宣伝だけで、イケルだろうか?

 win.ne.jpは、ADSL対応やwin.jpへの変更やらをいっぺんにやろうとして、コケたらしい。復旧の見込みは不明である。独立ISPから、NTTコミュニケーションズ傘下の再販事業者になるのであろうか。回線設備を自己資本で用意して、利用料金で回収するという事業パターンは、巨大な資本を必要とする。資本は無いが顧客は居るという事業者が、資本を持っているところが投資した設備を借りるというのは、顧客の要望に応え、事業を拡大する為の一つの手段である。設備の貸し手に法律上の規制等がかかっていない限り、最終的には吸収合併され、独占企業が出来上がるだけなんだけどね。


[2002.12.5]
 あぅ。ねぼーんにゅ。
 寒くて二度寝してしまったにゅ。
 O(>_< )OO( >_<)Oじたばたじたばた。えぐえぐぅ(;_; )( ;_;)


[2002.12.4]
 減反政策の転向と今後の農業政策。
 米に対する専売制度は、それが主食であるという建前から温存された。専売制度により米の価格は固定され、農地の効率の高い運用という当然の欲求から、誰もが米を作り始めると、米の生産量が多くなりすぎ、価格が維持できなくなった。専売制度を維持する為に必要な売り上げ額を、日本人が一年間に食べる米の売り上げから確保する為に、米価格の値下げは不可能であるという事態が発生した。
 米の生産性が低かった戦時中の制度を、生産性が向上して余るほど作れるようになったのに継続させた為に、農地から上がる売上高が一番高くなる米作りをやめさせる必要がでてきて、減反政策という補助金漬けが始まり、米だけでなく、その他の農産物も米並に高止まりし、高コスト体質を発生させている。
 問題の原点は、時代にあわなくなった制度の温存であり、それがもたらした、農業を管理する体制にある。米価格が高止まりしていることから、農業全体が高コスト化しており、農産物は海外から輸入した方が安いという、とんでもない状態が発生している。すべての元凶は、米価格を高いままにしている農業政策にある。だが、米の生産を自由化すると米価格が暴落して、農地の運用利回りが低下する可能性があるということが、農民票を現状の農業政策の維持でまとまらせている原動力となっている。
 では、農民票を自由化に賛成させるには、どうすればよいのか。
 彼等にとって重要なのは、農地の運用利回りである。現状の農業政策を望んでいるのは、農産物の価格を高止まりさせることが可能であり、運用利回りが良い為である。しかし、海外からの輸入野菜の登場によって、市場から排除されようとしていることから、農業自体が滅びる可能性が出てきている。そして、人口の都市への集中によって農産物を換金するには長距離の搬送が必要であり、保存が可能な穀物は、搬送によって消費する時間がもたらす鮮度の低下に対して鈍感であることから、人口の局在化が進めば進むほど、日本の風土に適した穀物である米に、農家の生産は集中する傾向がでてきてしまう。
 したがって、農民票を取りまとめるには、地方分権によって人口の分散を図り、消費地を分散して搬送による鮮度の低下の影響を減らすことや、農作物のアルコール転換による燃料化などの手法で、農産物の換金性を高めること、すなわち、脱米が利益になる状況を作ることである。脱米は、食料と燃料の自給率の向上にもつながる。
 減反政策をやめ、農業法人を認め、自由化を進めると言うだけでは、誰も賛成してくれない。何の為に減反政策をやめ、何の為に農業法人を認め、何の為に自由化を進めるのかを、説明しなければならない。国民に向かって、食料と燃料の自給率を高める為という理由を、語らなければならない。

 12.2の日記を修正。
 リンク先のファイルがpdf化されたので、変更。
 "可能性があるが。全量を素直に売り渡すとは思えない。"を、"可能性があるが、全量を素直に売り渡すとは思えない。"へ。

 12.2,10:48頃から16:47頃まで、12.3,17:08頃より現在にいたるまで、win.ne.jpがインターネット上から消滅している。DDoSでも食らって、ルーターが経路を遮断しているのであろう。というわけで、更新はisoternet.gr.jpとnurs.or.jpだけにしておく。win.ne.jpは、復活に気付いた時点で、更新する予定である。


[2002.12.3]
 他国の市場を荒らすのに、自国製品をディスカウントできる通貨安は、一番手軽な手段である。貨幣価値を引き下げるだけで、国民全員を文句を言わさずに一つの方向に向けて進ませることができるという点において、効率が良い。
 貴金属の含有量を前提とした固定相場制が取られていた外国為替市場にとって、不換紙幣制度の導入は、通貨のディスカウントによる市場争奪戦の始まりでもあった。この通貨のディスカウント合戦が、第一次世界大戦を発生させた。この混乱は、ブレトン・ウッズ体制の成立まで続いた。金本位制から不換紙幣制への変換によって始まった動乱の時代が終わったのは、1944年、ニュー・ハンプシャー州ブレトン・ウッズで、主要国の通貨は、金兌換紙幣であるUS$に対する準固定相場制にするという合意が成立した時なのである。日本の敗戦は1945年であるが、世界経済の動きに対して日本は孤立しており、この時点で、すでに日本の敗戦は決定しており、低コストで日本を敗戦させ、その後の日本をどうするかが、問題になっていたのである。
 ブレトン・ウッズ会議において決定された通貨価値は、その時点での価値であり、人口や経済の成長による貨幣価値の変動には対応できない状態にあった。頻繁に相場を変動させることが難しかったことが、欠点だった。この欠点から、1971年のニクソン・ショックという答えにつながった。
 自国の産業を保護する為の通貨の切り下げ合戦から、第一次世界大戦は始まったが、ブレトン・ウッズ体制を崩壊させたニクソン・ショック以後、通貨の切り下げ競争が発生しなかった理由は、それぞれの国家が輸出入への依存度を下げ、自給率を上げる方向に国づくりをしていた為である。1944年から1971年までの27年間で、連合国の主要な国家は、戦争による痛手を癒し、貿易に依存しない国家体質を作り上げたのである。
 連合国は27年間で貿易に依存しない国家体質を作り上げたが、日本は、1985年のプラザ合意から17年経っても、いや、1945年の敗戦から57年経っても、未だに、貿易に依存しない国家体質を作れないでいる。日本の当局は、相変わらず円安を望んでいるようであるが、貿易に依存する体制は、世界の変動に対して受身にならなければならず、攻めの立場には立てない。
 先進諸国が輸入するのは家電製品や自動車や娯楽用具という、輸入が止まっても差し障りの無いレベルの製品であり、食料や燃料といった生活必需品については、可能な限り自給率を高めて輸入に依存しないようにしていることを、日本は見習わなければならない。先進諸国の税制や社会保障制度といった表面的な事柄だけをまね、自給率の向上という本質を無視するのは、害のほうが大きい。
 ソニーが世界に通用するブランドになっているのは、無くなっても差し障りが無いが、あれば人生を楽しくしてくれる製品作りに特化している為である。

 社団法人日本外交協会がコメントを出したので、昨日の日記にリンクを追加。
http://www.spjd.or.jp/WN/kenkai.html
 このコメントの最大の欠点は、国内世論にたいして自説を主張をするだけで、国際世論に対する視点が欠けている点にある。食糧援助が必要であると国連がアピールしているのであれば、国連を通して援助すればよいのであって、勝手に食料を送りつけるのは、国際秩序を蔑ろにしているということである。
 第二次世界大戦直後のララ物資に言及しているが、戦勝国に移民した日系人といえど終戦後で、しかも、占領国の許可が無ければ人道援助すら出来なかったのであり、敗戦直前の貧窮状態の時には、米一粒、重油一滴といえども、軍事物資に使われるからと援助は行われなかった。然るべき戦略目的を達成するまでは、人道支援といえども行うべきではないのは当然の理屈であり、これを、人情に訴えて意図的に捻じ曲げようとしているのである。
 国際世論と国内世論の両方に対して読み違いをしており、この程度の作文しか出来ないのが外務省OBというのでは、その後輩達がやっている現在の外交に関する報告の内容についても、推して知るべきであろう。
 金王朝が続く限り、北朝鮮人民の飢餓は終わらない。ならば、金王朝と反日教育を終わらせることこそが、真の人道支援である。

 以下の部分を修正。
 "政治の業の深さ"を"政治という行為の業の深さ"へ。
 "地方自治体に引き篭ることである。"を"地方自治体に引き篭ればよい。"へ。

 11.28の日記を修正。
 "余計な軋轢を増やし、無駄な時間を浪費している。"を"軋轢を増やし、時間を浪費している。"へ。


[2002.12.2]
 外務省の外郭団体である社団法人日本外交協会が、北朝鮮に、軍用携行食糧に最適の乾パンやアルファ化米を送っていたことが判明した。東京都の災害用非常食を譲り受け、よりによって、北朝鮮に送っていたのである。
 東シナ海で引き上げた不審船から、日本の地方自治体の災害用非常食が発見された理由が、ようやく明らかになった。外務省の外郭団体が、軽量で長期保存に適した災害用非常食を人道援助物資という名目で供給していたのである。
 もし、多国籍軍や国連軍が北朝鮮に対して軍事行動を取ることになると、北朝鮮の兵站施設から、日本の地方自治体の名前の入った保存食料が発見されることになる。これは、テロ国家に対する軍事支援の証拠であり、このままでいくと、日本はテロ支援国家と認定されることになる。
 取りうる選択肢は、3つである。
1)日本の自治体の名前の入った保存食料が無くなったことを確認できるまで、北朝鮮に対する多国籍軍や国連軍の介入に反対し続ける消極的証拠隠滅策。
2)憲法9条と非核三原則を一時棚上げにしてステイツから核ミサイルを購入し、北朝鮮を地球上から証拠ごと消滅させる積極的証拠隠滅策。
3)余計なことをしでかした外務省の外郭団体である社団法人日本外交協会に対して外患罪を適用し、代表者数名を首魁と認定して死刑判決を下し、国際世論に対して先に筋を通しておく予防防衛策。
 以上の3策のうちのいずれかを直ちに選択して実行する必要がある。
 2)は、一番手軽で確実なのだが、やったあとの国際世論の処理が面倒になるので事実上不可能である。1)は、穏健な手段に見えるが、食料が無くなったことを確認するには、あの国の人民すべてが死に絶えるまで待たなければならない。日本の自治体の名前の入った食料を高値で買い取れと言ってくる可能性があるが、全量を素直に売り渡すとは思えない。日本が供給した軍事物資は、亡命用の外貨を獲得する道具であると同時に、亡命した後に樹立された新政権に発見させ、日本が旧体制の援助をしていた証拠として賠償を求める道具にも使えるのだ。以上のことから、3)が、一番手っ取り早くて確実な問題処理方法であろう。
 会長と理事長と専務理事の三人くらいに絞首刑判決を下し、刑務所に置いておけば、言い訳はできるであろう。旧体制を支援していた者はすでに死刑判決を受けて刑務所の中にいると回答し、賠償要求をしつこく言ってくるようであれば、死刑を執行すると答えればよい。人道支援物資である食料を軍用に転用したのは独裁者であるという事実を主張し、理性的な対応を求めるには、この手段しか残っていない。
 外交に携わった以上、国益の為に死ぬ覚悟は出来ている筈であり、その覚悟を実現させてあげるだけである。問題は、偏差値秀才と二世・三世ばかりのお坊ちゃま集団が、政治という行為の業の深さに耐えられるかどうかである。政治家ゴッコを続けたければ、地方分権をして、地方自治体に引き篭ればよい。


[2002.12.1]
 地方自治体と選挙区選出議員は、無負担の高速道路工事を望んでいる。ここで重要なのは、彼らが望んでいるのは、土地買収と工事であって、高速道路はその理由付けでしかないという点である。地元の人間は、人口密度が低いために高速で走行可能な一般道を走るので、有料の高速道路を使わないのだ。
 地方自治体と選挙区選出議員にとっては、民営でも国営でも、どちらでも良い。重要なのは、民営か国営かではなく、今まで通りの生活道路に対する財政支援と、無負担での高速道路整備が続くことである。生活道路に対する財政支援と、無負担での高速道路建設がなされるのであるならば、民営でも国営でもどちらでも良いのだ。
 したがって、高速道路が国有化されて無料解放される国道となると、並走している一般道路への財政支援が消滅するならば、国有化に反対する。民営化され、採算の取れない道路の建設はしないとなると、民営化に反対する。
 両方に反対し、結局、今まで通りの、一般道への財政支援と、利用料金プール制による無負担の高速道路建設が継続されることを望むことになる。
 以上のことから、民営化に賛成させるならば、民営化しても、不採算道路の建設を続行させると約束すればよい。国有化に賛成させるならば、高速道路が道路財源で運営される国道となっても、既存の一般道路への財政支援は削減しないと約束すればよい。
 この二つの空手形のうち、どちらの方が、不渡りにしやすいかを考えると、圧倒的に後者の方である。
 前者では、民営化された企業に対する行政の指導権限は、無視できない。監督官庁の大臣の地元には、必ず道路を建設しなければならないとなる。道路を引っ張って来れない大臣は、次の選挙で議席を維持できないとなるから、死に物狂いで圧力をかける。道路の建設費は利用者からの料金で返済しなければならないという理屈をならべても、料金を値上げすればよいという一言で処理される。どうせ地元民は、人口が少ないので高速で走れる一般道しか使わないのだから、よその土地の人間がプール制で負担するだけであり、自分達の懐は一切痛まない。そして、民間企業に、徴税権と司法権を握っている行政からの圧力を跳ね返す力は無い。就任と同時に新線計画が立てられ、失脚や退任と同時に、途中まで買収した土地や建設中の道路は、次にその地方から大臣が出てくるまで放置され、経済的負担だけが料金にのせられて行くことになる。
 後者では、限られた税収の分配の問題になる。すでに道路が通っている地域の人々は増税に反対し、道路を望む地域は増税に賛成する。地域住民が増税を望んでいるならば、その地域のみの追加課税が可能であり、地域の税収で支えられる規模の公共設備という、当然の公共資本投資原則に戻すことができるのである。
 自分の選挙区を豊かにするのに、他地域の負担をあてにしている限り、その地域は、他地域よりも絶対に豊かにはなれない。物質的経済的に等しくなったとしても、心は、決して豊かにはなれない。衣食が足りても、それが他人から恵んでもらったものである限り、礼節には結びつかない。


 これらの発言は、思い付きを並べているだけですので、深謀遠慮に基づく重大な意見であると解釈されると、とても困ります。
 もし、異論があるのであれば、あなたのwebで発表してください。mailされてもすぐに読めるとは限らないし、返事を書かない可能性の方が高いです。
 その日その時の思い付きですから、あなたが反論を書く前に、ころっと転向しているかもしれません。


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